クリティカル進化(シンカー)論-「OL進化論」で学ぶ思考の技法
著:道田 泰司、宮元 博章
まんが:秋月 りす
北大路書房
はじめに
本書はこう読もう
序章 クリティカル思考とは
「クリティカル」の意味
クリティカル思考の定義
1章 推論の仕方は妥当か
クリティカルに推論するやり方
因果関係を検討する上での留意点
前後論法のもつ罠
間違った議論のいろいろ
2章 根拠としての「事実」は正しいか
事実検討の基本的スタンス
スキーマによる事実の歪み
偏った事実を「事実」とする過ち
「事実そういう人か」の検討
3章 クリティカルシンカーへの道
クリティカルシンカーの特性
クリティカルに生活しよう
終わりに
本書を読んだ人のための今後の読書案内
秋月りすから一言
「クリティカル・シンキング」ということばを聞いたことがある方もいらっしゃると思います。
直訳すると「批判的思考」ということですが、日本語の「批判」には否定的なニュアンスがあるので、多少意訳すれば「科学的論理思考」といったことになると思います。簡単にいえば、「事実に基づいた適切な推論によって、妥当な結論を導く思考のプロセス」のことです。
実は、この「クリティカル・シンキング」、科学や論理学からというよりは、心理学の世界からむしろ積極的に提唱されてきたという興味深い経緯があります。
これは、心理学の研究対象である「こころ」が、極めてあいまいでとらえどころがないことに起因するんじゃないかと思います。心理学の「研究対象」が、ある意味「どうとでも扱える」ような対象であるからこそ、少なくとも心理学の「思考方法」や「研究方法」は、かっちりと科学のフォーマットに乗るようなものとして整備しなければならない、という意識をもつ研究者は少なくないと思います。
ですから、この「クリティカル・シンキング」は、文系的な対象を扱うときに、どうすれば観念論や先入観に邪魔されずに、科学的・論理的に問題を解きほぐせるかということについての、非常に有力な「思考の技法」だと言えます。本書でもそうですけど、クリティカル・シンキングを「愛する」人たちは、クリティカル・シンキングのことを愛着を込めて「クリシン」と読ぶようです。なので、本文でもこの先は「クリシン」と呼びます。
・・・そう考えてくると、このブログでクリシン本を取り上げる理由が分かっていただけると思います。
自閉症の療育を有効にすすめていくにあたって、クリシンはなくてはならない、ぜひとも必要な素養だと私は考えているのです。
療育というのは、実際に取り組んでいる親御さんならよくご承知のとおり、マニュアルどおりやれば成功するような単純なものではなく、試行錯誤を積み重ねていくしかないものです。そして、その「試行錯誤」を、目指すべき方向に向かって着実に「積み上げていく」ことができるか、毎回行き当たりばったりの極めて非効率なものにしてしまうかは、養育者が頭を絞って、戦略的に療育を展開していけるかどうかにかかっています。その際の「頭の使い方」こそが、クリシンなのです。
個人的には、ABAやTEACCHといった療育技法よりも何倍も、クリシンを学ぶことのほうが重要だと考えています。拙著「自閉症の子どもと家族の幸せプロジェクト」でも、「科学の目」をもつことの重要性を指摘しましたが、この「科学の目」というのは、突き詰めていえばクリシンそのものです。
(蛇足ですが、当ブログが取り上げているテーマは大きく分けると2つになります。1つは、自閉症の療育に関する技法について。そしてもう1つが、療育を成功させるために欠かせない、「クリシン」的な思考方法についてです。このブログでエセ心理学、エセ科学についてよく取り上げるのは、後者と密接に関わっているからにほかなりません。)
さて、そんな重要なクリシンですが、いざ「クリシンを学ぼう」と思うとなかなか厄介です。広くとらえると、論理学、確率論、実験計画、言語学、科学哲学といったさまざまな領域とつながっているテーマですし、その一方で私たちが興味があるのは、そういう「学問学問したもの」ではなくて「日々の生活」にすぐに役立つような応用的な部分だということもあります。
そんな私たちのニーズにうまく応えてくれるのが、本書です。
本書は、ロングセラーの4コマまんが「OL進化論」を題材にしたクリシンの入門書です。1つのテーマは見開き2ページで構成され、それぞれの見開きに「OL進化論」の4コマまんがが1つずつ掲載されています。ぶっちゃけ、このまんがだけをパラパラと読んでいるだけでも楽しめます。恐らく、初めて本書を読む人のほとんどは、思わずそういう読み方をしてしまうんじゃないかと思います(私もそうでした・・・笑)が、最初はそれでもまったく構いません。

↑こんな風に、見開きの記事ごとにまんがが1話掲載されています。
まんがをひと通り楽しんだら、改めて1つめのまんがに戻って、本文に書かれていることを読んでみてください。ただ面白いなと思って読んでいた「OL進化論」の「面白さ」のエッセンスが、じつはクリシンにあるということが指摘されていて、驚くことになると思います。
つまり、「OL進化論」の面白さというのは(少なくともこの本に転載されているものについていえば)、登場人物が微妙に歯車のズレた、ちょっとおかしな考えかたをしたり、意見を言ったりするところにあるのですが、その「歯車のズレかた」が、実はどういうものであるのかが、クリシンという視点から整理すると非常にはっきりと見えてくるわけです。
まんがを題材にして学問を語るといった入門書は、えてしてまんがが浮いてしまったり、逆に学問の側の解説に網羅性が欠けてしまったりといったちぐはぐさを感じるものが多いように思いますが、この本ではまさに「奇跡のコラボ」と呼んでもいいくらい、本文とまんががうまく連携していると感じます。
文章で書いてあるのを読んだだけでは、「そんなのディベートとか論文のときしか使えないことじゃないの?」と感じるようなクリシン手法が、「OL進化論」によって見事に「日常生活での使用例」として示されていますし、逆に、まんがに出てくるような「よくあるちょっとヘンな意見」がなぜヘンなのかが、本文を読むことで「なるほど」と分かってきます。
例えば、このブログでたびたび批判の対象にしている「エピソード主義」的なものにどう「論理武装」していけばいいのかについても、82ページ「経験者は正しい?~体験談論法」、92ページ「体験談そのものは事実だとしても・・・」、120ページ「偏ったサンプルが誤った印象をつくり出す」のあたりで繰り返し(もちろんまんがつきで!)解説されています。
この本は出てから結構たっていることもあり、中古も豊富に流通しています(Amazonのマーケットプレイスにもたくさん出品されているようです)。また、新品も、こういう本にしては破格の安さだと思います。(Amazonですと1500円未満のために送料がかかるので、こちらやこちらなどと合わせて買うのをおすすめします(笑))
ずっとレビューしようと思いつつ書きそびれていましたが、ようやくレビューできました。「療育に役立つクリシン入門」として、ほとんど唯一無二の本ですので、近いうちに「殿堂入り」させたいと思います。(ただ、ちょっと「非療育系の殿堂本」を整理したいので、その後に殿堂入りさせる予定です。)
※著者のページでも紹介されています。
たまに、お邪魔しております。
クリティカル・シンキング、とても興味深いです。この本を読んで、勉強します!
その他にもこのブログでご紹介いただいた本を今回はたくさん注文しました。
http://d.hatena.ne.jp/bem21st/20081110/p1
yanamamaさん、
クリシンというのは、一見療育とは関係ないようにみえて、実はとても密接に関係していると思っています。
療育の世界には、かつての「あるある大辞典」のような、根拠に乏しい「これが効きます!」的な有象無象がたくさんあります。
これが単なるダイエットとかなら、失敗してもまあ許せないこともないですが、子どもの貴重な時間をムダにしてしまうことは、何としても避けたいところですよね。
そのために、クリシンが役に立つと思っています。
ベムさん、
ブログ見ましたが、すごい購入量ですね(^^)。さすがに私もこんなにたくさん一度に買うことはないですね。(5冊くらいかうことはありますが)
自閉症の療育に関わるより多くの方が、クリシンのことを知るようになれば嬉しいな、と思っています。