心を生みだす脳のシステム―「私」というミステリー
著:茂木 健一郎
NHKブックス
1 脳内現象としての「私」
脳の中に鏡があった
「私」とはクオリアの塊である
言葉の意味が立ち上がるとき
2 世界を把握する方法
身体感覚のダイナミズム
アフォーダンスとは何か
3 「私」という視点が生まれるとき
鏡の中の「私」
なぜ、他人の心が読みとれるのか
4 主観と客観はどう統合されるのか
「私」の背後に隠されたもの
脳の中の時間、心の中の時間
新たなるシステム論へ向けて
この本、タイトルには「自閉症」とはまったく書いてありませんが、偶然中を見ると、自閉症の話題に大きなスペースが割かれていることが分かり、思わず買ってしまいましたが、その期待に十分応える内容でした。
本書は、脳科学・認知心理学の一般向け啓蒙書という位置づけですが、取り上げられている題材が私の関心のストライクゾーンのど真ん中です。
読み始めると、いきなり最初の編で、以前別の本で読んで関心を持った人の行動に反応するミラーニューロンの話題から始まり、ぐっと引き込まれます。
さらに第3編の「鏡の中の『私』」では、動物が鏡に映った自分の姿を見て自己意識を持てるかどうかを追求するという話題が取り上げられていて、私が鏡による療育を思いついたときに漠然と考えていたことがはっきりと書いてありますし、続く「なぜ、他人の心が読み取れるのか」では、自閉症児の脳のシステムにどのような障害が生じているのかについて、およそ25ページにわたって、最近話題の「心の理論」をベースに考察が加えられています。
結果として、「意識」や「心」をキーワードとして、現代の脳科学・認知科学のある分野の知見の全体像がうまく概観でき、頭の中が整理される内容となっています。そしてさらに意味のあることは、自閉症が抱える脳システム上の問題についての議論が(もちろん仮説としてですが)こういった「全体像」の中に位置づけられ説明されているという点です。
私の知る限り、「脳科学・認知科学」と「自閉症」の両方がこのように有機的に関連づけられ、詳細に解説されている啓蒙書というのは、ちょっと他にはないと思います。
私自身、まがりなりにも大学で認知心理学を学んできて、その文脈の中で自閉症を理解しようと努力しているわけですが、その考え方が全体としてどんな意味をもつのか、どのような方向に向かえばいいのか、この本を読んで改めて整理することができ、またいろいろなヒントを得ることができました。
自閉症の療育における、認知科学・脳科学の知識の重要性については、まだまだ十分に理解されていないように思っています。もともと、「療育」という方法論自体が、どちらかというと実験心理学ではなく臨床心理学の世界から発展してきたという歴史も原因の1つかもしれません。
とはいえ、より効果的な療育、少なくとも行動療法(ABA)に関心を持ち療育に取り入れていこうと考えたとき、脳や認知についての知識があるのとないのとでは取り組みの内容がまったく変わってくるのではないかと思います。
そして、認知科学的なアプローチで自閉症児の問題とその療育の可能性について考えるとき、ただ単に自閉症児の問題だけを取り上げても、問題の本質に近づけないように思います。なぜなら、私たちは脳や認知というものに対して、ある種の絶対的な信頼感を常識として持ってしまっているので、それがうまく動作しない状態というのをなかなか想像できないからです。
そういった「常識」を一度壊して、認知や脳のシステムに対する考え方を相対化することができて初めて、認知科学が自閉症に対してどう関わってくるのかを正しく捕らえることができます。
そのためには、認知科学全体、特に「心」に関わるような高次脳機能に関する認知科学についての幅広い基礎知識をもつことがとても重要だと思います。
そのような観点で考えると、本書は、自閉症の療育にかかわる人の脳科学・認知科学の入門書として最適だと思います。非常におすすめです。
ですので、この本も、私のおすすめする必読書として、殿堂入りさせたいと思います。
補足:
この本は「心」や「意識」を主題として扱っているわけですが、個人的には、「心」というものを必要以上に手の届かない崇高なもの、高尚なもの、ヒトをヒトたらしめる貴重なもの、と素朴に信じすぎていて、それが問題をややこしくしている面も少し感じます。
自閉症の療育からは離れていってしまいますが、この本の考え方自体を「相対化」するためには、以下のような本も読んでみるといいと思います。下記の本は、心や意識といったものをもっと単純な、コンピュータで簡単にシミュレーションできるようなものだと割り切ってしまう考え方に立っています。実は、私の大学時代の専攻は、下の本に出てくるような、ニューラルネットワーク、自己組織化といったジャンルになりますので、これらの本の論旨にも非常に共感できるものがあります。
脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説
著:前野 隆司
筑摩書房
創発―蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク
スティーブン ジョンソン
ソフトバンククリエイティブ
まだ読みかけなので、読了後機会があれば、もう少し詳しく紹介できるかもしれません。
※その他のブックレビューはこちら。
ところで、「心の理論」と「自閉症」についてもう少し勉強したいと思っています。心の理論の欠如(ないしは著しい遅れ)は、典型的な自閉症状として、自閉症の定義の一部になっているように思われます。これが自閉症=人嫌いというイメージに繋がり、一部の親、療育者に諦めをもたらしているのではないかと危惧しています。しかし、自閉症児(障害の軽重はありますが)も、親が笑えばうれしく、親が泣けば悲しく感じているように思われます。今はできなくとも、療育によって、できるようになる可能性は十分にあります。(よね?)そもそも、他人の気持ちを慮るという課題は、高度な認知能力が要求され、状況が複雑であれば成人健常者にとっても非常に困難であり、自閉症児のこの分野の能力不足がことさらにフォーカスされていることが正しいことなのか、自分なりに判断してみたいのです。
良い本があれば教えてください。もちろん、そらパパ先生直接のコメント、Adviceが頂ければこれに勝るものはありません。
この本は、脳科学の本ではありますが、茂木さんらしいロマンチックな本ですね。
「心の理論」については、いろいろ思うところがあります。このブログでも何度か取り上げましたが、最近では私はこの概念が自閉症の謎を解いてくれる、という考え方に対してはかなり否定的です。
ブログ内で「心の理論」に触れている記事をいくつかご紹介しておきます。
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/13394258.html
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/17953504.html
特に、2つめで紹介している本は、「心の理論」という発想自体の意義を再考するといった内容を含んでおり、今の私の「心の理論」に対するスタンスに近いです。(哲学の本ですので、やや難解ではありますが、とても刺激的な本です。)
ちなみに、心の理論と自閉症、ということでいえば、問題がかなりある仮説だと私は感じていますが、この本が「王道」ですので、外すわけにはいかないかもしれませんね。
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/11404836.html
ご紹介できるとしたら、このあたりでしょうか。
そらパパ先生のブログの読み込みが甘かったこと反省しています。情けないです。・・・と書きつつも、先生が一般化障害仮説へと進化された時の思考経路のほんの一部を辿らせていただいているのではないか?と勝手に考えて興奮しています。さっそくアドバイスのありました3冊+「創発」を買いました。楽しみです。
茂木氏の著書はたしかにロマンチックですね。(Don先生には怒られそうな表現が散見されます。)
コメントありがとうございます。でも「先生」はやめてください(^^;)。あくまで、アマチュアですので。
ちなみに、「心の理論」仮説っていまひとつだなあ、という印象を持ってから、「一般化障害仮説」に至るステップで大きな影響を受けたのが、コネクショニズムとギブソンのアフォーダンス論です。
アフォーダンス論は、昨日のコメントでご紹介した河野氏の本で知ることができると思います。
コネクショニズムについては、ブログでも繰り返し書いていますが、本ということでいうと、↓で紹介している2冊の新書や、
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/24618257.html
ちょっと高いですが、↓で紹介している単行本などが参考になると思います。
http://soramame-shiki.seesaa.net/article/24550414.html
分厚い単行本は在庫がないらしく、出発時までのデリバリーは期待できなさそうです。が、他のブックレビューも眺めて、いっぱいの本をカートに放り込みました。幸せのクオリアを感じています。
アフォーダンス理論の解説も、毎週楽しく読んでます。先週実家に帰ったとき、息子(2歳8ヶ月、PDD)が発泡スチロールの箱を2つ見つけてきて、自動車に見立てて押したり、重ねたり、乗っかったりして遊んでました。彼が多様な空箱のアフォーダンスを獲得していることに感動しました。
ちょうどいま、こちらの著書の方の無料講座がこちらで聴講できました。https://lms.gacco.org/courses/course-v1:gacco+ga023+2016_02/about
そらパパが書かれた本、“自閉症―「からだ」と「せかい」をつなぐ新しい理解と療育”にもとても関連していて、面白くて第1週から第4週まで聞いてしまいました。気づいたら朝になっていました。苦笑
こちらの本や、そらパパの本が好きな方には是非お勧めな気がしたのでコメントしました。(^^♪
ありがとうございます。
茂木さんは、このエントリを書いた頃にはごくまじめな脳科学の研究者だったのですが、そこからあれよあれよというまに「脳タレント」になってしまったのは残念でした。
でも今でも、その気になれば(?)オーソドックスな脳についての話ができる人だろうと思っています。
ご紹介の講座はそういったもののようですね。
ありがとうございます。