親が言った単語と同じカードを選ばせる「音声マッチング課題」は、親が見せたカードと同じカードを選ばせる「選択マッチング課題」と似ている、という話を前回書きましたが、音声マッチングにはただの選択マッチングとは根本的に異なる点があり、そのことが音声マッチングを非常に難しい課題にしていると考えられます。
単純に考えても、選択マッチングであればラットのような「下等」動物でも容易に学習できるのに対して、音声マッチングはヒトでしかできません。動物の音声をうまく模倣できる装置があればイルカやサルなら学習できるかもしれませんが、それにしても大変な労力を必要とするでしょう。
このような大きな違いはどこからくるのでしょうか?
ここでもう一度、選択マッチングと音声マッチングの図を比較したいと思います。
※音声マッチング課題のイメージ
※選択マッチング課題のイメージ
「選択マッチング」の場合、親が提示している「見本」(ハートのカード)と、子どもが選択すべき「課題」(ハートのカード)は、まったく同じものです。
それに対して、「音声マッチング」の場合、親が提示する「見本」は「haato」という音声であり、その音声に対して、「ハートのカード」という、まったく異なるものを選ばなければなりません。
つまり、音声マッチングでは、本来まったく違うものを「同じもの」とみなす力が必要なのです。
ところで、先日のチャートで、マッチング課題とは別のもう1つの流れとして「音声模倣」というトレーニングがありました。これは読んで字のごとく、こちらが言ったことばを真似させるというトレーニングですが、これは音声マッチングより簡単な課題だと考えられます。なぜなら、こちらが提示するもの(音声)と子どもが反応する方法(音声)がまったく同じものだからです。
これらの関係を簡単に整理するとこうなります。
この中で、音声マッチングだけが、提示されるものと反応する方法が異なります。この組み合わせに限って、音声は特定のモノを指し示す(表象する)「記号」として機能しています。音声模倣では、音声をモノとして扱うことが可能であり、記号としての機能はありません。
※上記の表で、提示物が「もの」で反応方法が「音声」という組み合わせがありませんが、これはことばによる要求(マンド)よりも高度な言語行動である「タクト」(ことばによりものを指し示す)を発達させるために必要なトレーニングだと考えられますので、この段階では扱っていません。
つまり、音声マッチングをクリアするためには、記号という概念を理解させる必要があるのです。
そして、記号の中でも、ことば(音声)は特に高度に抽象化された記号です。ですので、選択マッチングから音声マッチングへの移行をサポートするために、「音声ほど抽象的でない記号を使った選択マッチング」という中間段階を入れることを考えてみます。
具体的には、例えばりんごを使ったマッチングを考えると、
[具体的]
↑
りんごの実物
りんごの写真
リアルなりんごの絵
りんごのイラスト
赤の丸
赤いペンで書いた「りんご」という文字
黒いペンで書いた「りんご」という文字
「りんご」という音声
↓
[抽象的・記号的]
といった順で「記号化」が進むと考え、最初はりんごの写真とリアルなりんごの絵をマッチングさせるとか、りんごの実物とりんごの写真をマッチングさせるといった、それほど抽象的でない記号化のマッチング課題から始めて、徐々に「赤い丸とりんごの実物」といった抽象度が中くらいのマッチング課題に移行していくことが考えられます。
この「中間段階」は子どものコミュニケーションスキルを伸ばしていくためにも、とても重要です。
万一、これらの途中の段階で、子どもがどうしても課題をクリアできない状態になったとしても、最低限「写真から実物への選択マッチング」(子どもが写真カードを持ち、「見本」が実物)まで到達できれば、「写真カードによる欲しいものの要求」、さらには「カードを使ったコミュニケーション」につなげていく可能性が見えてきます。
(次回に続きます)