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2008年08月04日 [ Mon ]

「水よりもお湯の方が早く氷になる」実験の話題

科学というものに対する態度が問われる話題なんじゃないかと思います。

http://www.j-cast.com/2008/08/01024523.html
「水よりお湯早く凍る」論争沸騰 日本雪氷学会で本格議論へ
NHKの番組が紹介した「水よりもお湯の方が早く氷になる」実験を巡り、ネット上の議論が盛り上がっている。早大の大槻義彦名誉教授はブログで、水の方が早く凍る実験結果を示し、NHKを再び批判。物理学者らの間でも関心が高まり、日本雪氷学会で研究者らが本格的に議論することになった。

この話題は、NHKの番組「ためしてガッテン」で、「水よりもお湯のほうが早く氷になる(ことがある)」という実験結果を示したのに対して、オカルトと言えば噛みついて否定することで有名な早大の大槻教授(いまはもう名誉教授のようですね)が、「そんなバカなことがあるものか」と批判した、という話題です。

ただ、いつもはオカルトと戦っている大槻教授ですが、今回の相手は、オカルトではなく科学者(この「ためしてガッテン」の実験は、北大低温科学研究所の前野紀一名誉教授が監修しているそうです)です。そして、大槻教授の批判に対して、しっかり科学的に再反論している点が、いつものオカルト批判とは異なった展開だと言えるでしょう。

この議論は、一見謎めいていて、オカルト的なものがありそうに見える(実際、そのように受け止めている人もいるように見受けられます)が、実はこれは単に「古典的科学対複雑系の科学」という対立の構図が浮かび上がっているに過ぎないように、私には思われます。

つまり、お湯を氷にするよりも水を氷にする方が奪うべき熱量が多いから、水よりお湯のほうが早く凍るなんてことはありえない、という風に、議論を「熱量」の1要素だけに絞り込んで(還元して)、その中で合理的な説明をすることで「科学的真理」を得られる、と考えるのが、「古典的科学観」になり、大槻教授はこちらの立場です。

一方、「お湯や水を凍らせる」という行為は、単に奪う熱量の大小の問題ではなく、気化や対流、そしてさらに冷凍室の温度設定(とその微妙な変化)など、さまざまな現象の相互作用の結果なのであって、その現象を細かい単位に細分化(還元)してしまうと実際に起こることは予測できなくなってしまう。その相互作用のバランス次第では、「水よりお湯が早く凍る」ということも起こりうる(ただし、それを単純な計算式などで示すことはできない)、と考えるのが、「複雑系の科学の科学観」であり、前野名誉教授はこちらの立場だということになります。

私は、今回の議論の真偽を厳密に判定するだけの知識は持ち合わせていませんが、この2つの立場のどちらを原則的に支持するかということであれば、明確に後者(複雑系の科学の科学観)になります
大槻教授のように、「科学の単純化されたモデルであらゆる現象は説明できる」という立場は、さすがにもう古すぎるのではないか、と思います。

さて、ここでこの話題と自閉症療育とのつながりについて、2点ほど書きたいと思います。

まず1つめですが、「科学にも限界があり、最新の科学をもってしても容易に分からないことがある」という認識をもったときに、そこから一足飛びに「だから、科学で証明できない神秘的な現象も大いにありうる」という結論になってしまってはいけない、ということです。
「科学の限界」といっても、何も分からないということではなくて、なぜ限界があるのか、どんな問題を解くのが難しいのかはたいてい分かっています。そして、その「難しさ」に挑戦しようとする「新しい科学」も生まれてきています。それが、現代物理学であったり、「複雑系の科学」であったりするわけです。

自閉症の怪しげな代替療法などでは、「科学的に解明されていない」という批判を、上記のような理屈でかわすケースがよく見られますが、それは「科学の限界」の実態をねじ曲げた主張です。

現時点における科学に限界があるのは事実ですが、それは、オカルトの存在を簡単に許すようなタイプの「限界」ではない、ということは知っておく必要があると思います。

次に2つめの関連ですが、ここで登場した「複雑系の科学」というのは、脳神経ネットワークやヒトの発達などとも密接に関係しており、自閉症について考えるときにも極めて重要な方法論だと私は考えています。
このあたりについての私の考えかた、複雑系の科学と自閉症との関係などについては、私の1冊めの本「自閉症−『せかい』と『からだ』をつなぐ新しい理解と療育」で詳しく書いていますので、興味のある方はぜひ参照してください。

複雑系の科学、というと、何か遠い世界のこととか、少し知っている方ならコンピュータマニアのお遊びだとかいったイメージがつきまといがちなのですが、実は天気予報や景気の動向、交通渋滞など、非常に身近なものとつながっています。
今回も「冷凍庫で氷を作る」なんていう、極めて日常的で結果も観単に予想できそうな現象が、実は、
「コンピューターシミュレーションでも解明できないような難しい現象が、単純な形で現れているからです。物理の専門家はいかに難しい問題であるかをよく知っていて、プロジェクトを組まないと分からないものなのです」。
そして、東大で9月24〜27日に開かれる日本雪氷学会の研究大会で、関心ある研究者を集めて科学的に議論したい考えを明らかにした。

なんていう、トップクラスの研究者がプロジェクトを組んで研究するくらい難しいトピックだったりする
ところが、「複雑系の科学」の面白さなのだと思います。

そして、自閉症の理解にも、この「複雑系の科学」の考え方が大切だと、私は考えているわけです。

posted by そらパパ at 21:23 はてなブックマーク | コメント(13) | トラックバック(0) | 雑記
この記事へのコメント
はじめまして。
小5と年長の高機能の息子の母です。

先日、私の住んでいる地域の支援団体・支援者が「自閉症・広汎性発達障害の理解と支援を深める夏期講座」を二日間にわたって開催しました。
医師・臨床心理士・教員・デイサービス職員・成人の当事者がそれぞれの立場から講演したのですが、テーマはそれぞれ違います。
脳医学・感覚統合・発達検査・相談事例・ノースカロライナTEACCH視察・PECSの概要と事例等、多岐にわたる内容でした。
単独で聞くと、「えっ!?」と思ってしまうようなことでも、どこかでそれぞれが繋がって、「なるほどなぁ。」と思いました。

ちょっとズレているかもしれませんが、「複雑系の科学」というのが、この講演と重なったので、コメントしてみました。
Posted by のっち at 2008年08月05日 21:41
のっちさん、

コメントありがとうございます。

のっちさんは、「複雑系の科学」という観点からも、とても興味深い経験をされたと思います。

複数の療育法が「つながって」理解できた瞬間というのは、脳のなかで、何かまったく新しいネットワークが開通した瞬間だと言えます。
A、B、C、3つの療育法をそれぞればらばらにしか理解できないときには形成されない、何らかの脳のネットワークが、ある瞬間「創発」し、3つの療育法が「つながって」理解されることがあるわけです。

このような働きは、まさに「複雑系の科学」が取り扱う、とても解明が難しい現象だといえると思います。
Posted by そらパパ at 2008年08月05日 22:33
そらパパさん。こんにちは。のっちさんは帯広の方ですか?先日は帯広で当事者としてお話しをさせていただきました。大変温かくむかえていただき感謝をしています。当事者としては二回目の講演でした。日々、子供達との養護学校や療育病院での療育や行政と学校との会議、発達障害者支援センターの支援、支援を応援してくださる支援者の協力、当事者としての活動や親の会などなど…少しずつ支援の輪が出来上がりました。はじめは…何もわからず、突っ走っていましたが…今は頑張って自閉症スペクトラムの子供達と生きる素晴らしさをかみしめています。これからも頑張って…親御さんと行政や学校関係の支援の輪ができるように頑張っていきたいと思います。私もそらパパさんのように熱意のある実践ができる親になりたいです。
Posted by 鈴蘭 at 2008年08月06日 22:44
鈴蘭さんだったんですね!
先日は悪天候のなか来てくださり、ありがとうございました。
支援センターのM氏には我が家もずっとお世話になっています。
鈴蘭さんのお話で、生涯にわたっての支援が大切なのだと改めて感じました。

そらパパさん、素敵な偶然に驚き、この場をお借りしてコメントさせていただきました。
Posted by のっち at 2008年08月09日 09:23
「行動療法」で検索して辿り着き、ROMしていた者です。

大槻教授の主張と前野教授の主張には、番組で表現された内容について矛盾があるように思えるのですが。
大槻教授のブログによると、そういう細かいパラメータによる現象が、「例外的に」あることは認めておられるようです。
彼の怒りの矛先は、

1.NHKが、細かいパラメータを考慮しないと得られない「例外的な」現象を、単純モデルでも得られる「一般的な」現象であるかのように扱ったこと。つまり「お湯が水よりも早く凍ることもあるよ。」を、「お湯は水よりも早く凍るものだよ。」と見なしたこと。「冷凍庫で早く氷を作りたいなら、お湯に沸かした後に凍らせると良い。」などと番組で表現したそうです。(前野教授によると「お湯が水よりも早く凍ることもあるよ。」と、あくまで「例外的」に扱ったそうですけどね。)

2.その例外的or一般的な現象を分子構造の変化で説明したこと。

のようです。番組を見ていないのですが、どこまで本当なのでしょうか?

ご指摘の1.についてですが、それが本当なら、反論は大槻教授の単純モデルにより相互作用云々は例外と見なす方が妥当ですし、前野教授の相互作用云々による再反論は無意味でしょう。極端な話、「例外的な」現象を全て「一般的な」現象として含めなければならないというのであれば、宇宙の歴史において一回しか起こらなかったような現象も考慮しなければならなくなり、現在の複雑系のモデルでも不十分でしょう。これが本当で、前野教授が監修として携わったのならば、責任重大でしょう。

2.も本当なら更に胡散臭いという意見なのですが、2.については場違いだと思うので言及いたしません。

複雑系や非線形理論などは、宇宙物理などのマクロから、ニュートン力学や流体力学といった日常レベル、量子力学や物性物理などミクロな研究まで、物理学のあらゆる分野に登場しますので、大槻教授の専門とされる原子核物理や放射線物理などの研究も、単純モデルのみでやってるとは到底考えられないのですが…。あと物理学で「古典」という場合、20世紀以前に体系立てられたニュートン力学やマクスウェル電磁気学などを指します。モデルが単純という意味は無いようです。ニュートン力学にも複雑系や非線形などの話題はあります。心理学とは異なるようですね。
Posted by ちくし at 2008年08月20日 16:00
ちくしさん、

コメントありがとうございます。
私も件のNHKの番組そのものは見ていないので、今回の記事でも正しいとか間違っているという断定的な議論は避けています。ただ、立場として、大槻教授よりも前野教授のほうに共感を覚えるということを書かせていただいています。

ただ、ご指摘の件は、J-CASTのニュースや大槻教授のブログを見る限り、読み取れませんでした。
そもそも大槻教授自身も「メールで知った」と書いていて、少なくとも最初のブログの記事を書いた時点では見ていなかったようですから、大槻教授がブログで番組について言及している内容についても、細かいニュアンスについては伝聞や想像で書いている部分があるのではないかと思います。

例外か一般かということについては、ブログ等から読み取るかぎり、どちらかというと例外を認めない(例外っぽいことが起こったら実験環境に問題があるとみなして棄却すべきと考える)立場なのは大槻教授のように見受けられます。
分子構造云々についても、大槻教授がブログで自分から話題に出して、自分で突っ込んでいるだけのように思われるのですが・・・。

ニュートン力学と複雑系が「無関係」とはいいません。が、「複雑系」が登場する以前の「ニュートン力学」では、複雑系的な非還元主義的な方法論は、排除されていたのではないでしょうか?
大槻教授が、ご専門の物理学でどの程度、「単純でないモデル」を活用されているかは無学にして存じ上げませんが、少なくとも日常の発言やブログから判断する限りでは、彼は「科学哲学的なスタンス」として明快に還元主義の科学者であり、複雑系の科学にシンパシーを感じているようには感じられませんでした。

最後の心理学云々は、おっしゃっている趣旨がよく分かりませんでした。すみません。
Posted by そらパパ at 2008年08月20日 21:41
大槻教授の例外に関する言及は、彼のブログの7月31日の記事にありますね。
お湯が水よりも早く凍る場合の考えうる条件も書いてあります。
一方NHKの「ためしてガッテン」のホームページによると、
「常識逆転!普通は水のほうが早く凍ると思うが、なんと〜」などと記述があります。
やはり番組の方でもそういう表現だったのではないのでしょうか。
前野教授はこの番組の監修というお立場のようですので、こういう誇張は撤回を求める責任があると思います。
http://www3.nhk.or.jp/gatten/archive/2008q3/20080709.html

前野教授がNHK側の人間と見なしますと、私はどうしてもこういう論争を、学者vs学者とか学説vs学説という目で見ることができないのですね。場外乱闘と言いますか…。
ニセ科学の情報を集めているサイトを見ていると、発表している論文はまともでも、
メディア上ではこういう誇張のある学者というのはいらっしゃるようです。
また前野教授は大槻教授に対して反論しているのか?ひょっとしたら一般的事例と例外を混同しているNHKに対して婉曲的に批判しているのではないか?とも考えたりもします。この場合、前野教授も番組監修という立場のようですので、NHKの内部対立ですね。
私は「教授」という肩書きがあるからと言って、メディア上でも「学者」としての意見を述べているとは自動的に見なさないようにしています。

ニュートン力学の複雑系とか非線形の話題は、大きな振幅の振り子の場合が、高校生でも読めるような初等的な物理の本にも載っていたりします。
振り子の振幅が大きくなると複雑系とか非線形とかの問題となって、運動方程式を解くのが難しくなるので、
初めは振幅の小さい場合を考え、振幅の大きな場合は後で考えましょうというわけです。
ニュートンが大きな振幅の振り子などありえないと結論付けたわけではないでしょう。

初めは例外的事例は考えずに後で考えましょうというのと、例外としても認めないのとでは違うと思うのですね。物理学というのはどの分野を見ても、基本的な原理(ニュートン力学の場合は運動方程式)から導ける事例というのは全て考えるという姿勢で、まず単純な場合から始めて、複雑な場合へと追及していき、そして複雑な場合を考えれば説明できるというようなものではない例外が出て来たら基本的原理そのものを見直す(例えばニュートン力学から相対性理論や量子力学への移行のように)という姿勢のようです。
考えているか考えていないかは別にして、複雑な場合を想定していない物理学者というのは、ニュートンの頃も現代も基本的にいないと思います。還元主義とか非還元主義というのはよく知りませんが、還元主義=複雑な場合を想定していないという定義ならば、物理学というのは全て非還元主義だと思います。
Posted by ちくし at 2008年08月25日 20:46
ちくしさん、

ここは物理学の議論をする場ではないと考えていますので、文系的・思想的なところだけ取り上げますが、

>初めは振幅の小さい場合を考え、振幅の大きな場合は後で考えましょうというわけです。

その「後で考えましょう」の部分こそが、今回の議論の対象になっていると思うわけです。
ですから「後で考えましょう」という立場の人と、「その問題をまず考えましょう」という立場の人では、議論が対立するのは当然だと思います。

また、ちくしさんが最後に書かれている「還元主義=複雑な場合を想定していない」というのは、違うんじゃないかな、と思っています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%82%84%E5%85%83%E4%B8%BB%E7%BE%A9

エントリ本体、そしてコメントでも書いているとおり、還元主義というのはある種の「思想的立場」であり、例えば物理学が(どんな研究者の研究もすべて)還元主義だけでできている、とか、そういうことを言っているわけではありません。
私が繰り返し書いているのは、大槻氏の言動からは、私には、彼が還元主義的立場をとる物理学者に見える、ということです。

※もちろん、それとは別に、もしもNHKが「一般論として、水よりお湯のほうが常に早く凍る」という主張としたのだとしたら、それは前野教授が以後の取材で答えていることとも違いますし、ちくしさんもおっしゃるように、NHKは表現に問題があったことに対し何らかの釈明をすべきだとは思います(実際にどういう内容だったかは確認できないので、なんともいえません)。
Posted by そらパパ at 2008年08月25日 21:42
科学史・科学哲学者の村上陽一郎氏による還元主義に関する記述を読んできました。
物理学の場合、還元主義か非還元主義かというのはもっとメタな上層で決まるのだと思いました。
物理学の場合、基本的な原理を表す方程式というのは複雑モデルの情報も含んでいます。その方程式を数学的に解く段階で数学的要件によって、単純モデルか複雑モデルかに分岐するにすぎないのです。
だから物理学の場合、単純モデルか複雑モデルかという視点で、還元主義か非還元主義かに区別することはできないと思います。
単純モデルでも、複雑なモデルでしか説明できないような例外を想定していないわけではないからです。
そのため単純モデルでも十分な場合の要件、複雑モデルを用いた方がよい場合の要件というのは明確にされます(例えば先述の振り子の場合、振幅がある数より小さければ単純モデルで十分だが、大きければ複雑モデル特有の現象も際立ってくるかもしれませんよというように)。
単純モデルでも十分である要件を記述せずに、複雑系とか非線形とかが問題となるケースを一切無視するというスタンスの物理学の本というのは見たことがありません。
単純モデルしか扱わない初等的な本でも、数学的要件は明確にした上で、「この本では簡単な場合のみを考えていくことにする。」とか「複雑系とか非線形などが問題となる場合は、巻末に挙げるより高度な書籍にお任せする。」と言った注意書きが一応書かれています。
単純モデルか複雑モデルかという下層段階では、還元主義か非還元主義かなどの個人的思想の入り込む余地は無いと思います。
物理学で還元主義か非還元主義かが問題となるのは、原理から計算によって導かれた末端の法則によるものではなく、ニュートン力学か相対性理論かのように、原理の適用範囲の大小が問題となる場合ではないでしょうか?
物理学に限らず、原理と要件から出発する演繹的手法メインの学問というのは全てそうなのではないかと思います。心理学は…まだ勉強中なのですが、統計的・帰納的なやり方がメインのような印象です。

>「後で考えましょう」という立場の人と、「その問題をまず考えましょう」という立場の人では
>、議論が対立するのは当然だと思います。
以上のような物理学の手法から言って、後者の立場の物理学者というのはまずいないと思います。単純モデルでどこまで主張できるのかが先でしょう。このケースはそういう対立ではないと思います。

>大槻氏の言動からは、私には、彼が還元主義的立場をとる物理学者に見える、ということです。
私も繰り返し申し上げますが、彼のブログの7月31の記事をお読みください。複雑モデルを積極採用するための要件について言及されています(この種の実験には、たくさんのパラメータが関与する可能性〜のところですね)。

それでこの「お湯は水よりも早く凍るものである」と強く主張するための、単純モデルでは不十分だと見なすための数学的要件は、大槻教授にせよ、前野教授にせよ、よく分かっていないということのようですので、「お湯が水よりも早く凍る」ことをメインに据える表現をする(番組はまだ見ていませんが、少なくとも先に挙げたガッテンのホームページ上ではそのような表現をしています)前野教授も含むNHKは軽率だと思います。
そりゃあ数学的要件がはっきり分かっていて、番組の実験の際に数学的要件通りに設定していれば、そういう複雑モデルでしか説明できないような現象が際立ってくるでしょう。
複雑モデルを積極採用しなければならない数学的要件がよく分かっていない、あるいは実験の設定が曖昧なのに、複雑モデルでしか説明できない現象が安定的に現れたという主張に対しては、単純モデルによる反論は有効だと思います。
Posted by ちくし at 2008年08月27日 19:33
ちくしさん、

コメントありがとうございました。

ちくしさんと私では、還元主義という思想的立場についての解釈(ないし「眺めかた」)が異なっていて、同じ用語を違う意味で使っているために、議論がかみ合っていないように感じています。

複雑系にシンパシーを感じている方には理解していただけるんじゃないかと思うのですが、ちくしさんのお立場というのは、複雑系について語っている部分も含めて、すでに相当「還元主義的」だと、私には感じられます。

それは、私の立ち位置が心理学にあるから、ということよりも、自閉症児の療育という「割り切れないところにばかり本質がある事象」に取り組んでいることが、私をそういう立場にさせているのかもしれませんね。

実は、今後投稿するつもりで用意しているエントリの原稿の中にも、古典物理学を「(私の考える)還元主義=複雑系と対立するもの」としてとらえて、自閉症の療育などについて哲学的に考えていく記事があります。
そういった記事についても、ちくしさんには違和感をもって受け止められてしまう可能性があると思われますが、ご容赦ください。

ちなみに、これもレビュー記事の原稿を途中まで書いたままうっちゃってある本ですが、脳科学という分野で、還元主義と複雑系的立場との対立の構図をとらえつつ書かれたエッセイが、つい最近出ました。とても面白いです。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163702504?ie=UTF8&tag=danchanseikou-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4163702504
池谷 裕二「ゆらぐ脳」

なお、前回のコメントで既に書いているとおり、

>複雑モデルを積極採用しなければならない数学的要件がよく分かっていない、
>あるいは実験の設定が曖昧なのに、複雑モデルでしか説明できない現象が
>「安定的に」現れたという主張に対しては、単純モデルによる反論は
>有効だと思います。
(カギカッコは私がつけました)

という部分については、カギカッコの部分が事実である限りにおいて、そのとおりだと思います。
ただし、「反論」は可能であっても、その反論を展開していったときに、当の現象が「安定的でないにしろ、起こる」ということは説明できないのではないか、とは思いますが・・・。
Posted by そらパパ at 2008年08月27日 21:42
>ただし、「反論」は可能であっても、その反論を展開していったときに、当の現
>象が「安定的でないにしろ、起こる」ということは説明できないのではないか、
>とは思いますが・・・。
確かに単純モデルは、複雑モデル特有の現象が「起こるかもしれない」ことは前提にしていても、「起こる」ことは説明できないですね。ただNHKは「安定的でないにしろ、起こる」以上のことを言っているように思えるのです(前野教授はNHK内部においてと、大槻教授に対して?は異なるようで…二枚舌なのかな?)。挙げられたJ-CASTニュースとガッテンのホームページのみによる判断ですが…。

>つまり、お湯を氷にするよりも水を氷にする方が奪うべき熱量が多いから、水よ
>りお湯のほうが早く凍るなんてことはありえない、という風に、議論を「熱量」の1要素だけに絞り込んで(還元し
>て)、その中で合理的な説明をすることで
>「科学的真理」を得られる、と考えるのが、「古典的科学観」になり、大槻教授
>はこちらの立場です。

>一方、「お湯や水を凍らせる」という行為は、単に奪う熱量の大小の問題ではな
>く、気化や対流、そしてさらに冷凍室の温度設定(とその微妙な変化)など、さ
>まざまな現象の相互作用の結果なのであって、その現象を細かい単位に細分化
>(還元)してしまうと実際に起こることは
>予測できなくなってしまう。その相互作用のバランス次第では、「水よりお湯が
>早く凍る」ということも起こりうる(ただし、それを単純な計算式などで示すこ
>とはできない)、と考えるのが、「複雑系の科学の科学観」であり、前野名誉教
>授はこちらの立場だということになります。

私はここが分からないのです。どちらも(学者としては)後者の立場で、大槻教授はそういう相互作用が顕著に現れる要件も解明していないのに、相互作用による結果が実験で「安定的に現れた」いう(「安定的でないにしろ現れた」ではなく)主張に反論しているように見えます。熱量の大小の問題以外のさまざまな現象も起こりうることについては7/31のブログに言及してあります。
そういう相互作用もありうるという同じ前提で、最初の単純モデルか複雑モデルかの採用如何によって、還元主義か非還元主義かに分かれるというのがよく分からないのです。最初に単純モデルで現象に当てはめて不十分そうだから、じゃあ次に複雑モデルを考えようというのも還元主義とお考えでしょうか?前野教授だって単純モデルで「水よりお湯が早く凍ることもある」ことを説明できそうにないから、複雑モデルでやろうという経緯だったのだと思います。先述の振り子の場合、単純モデルと複雑モデルとの中間的なモデルというのもあり(周期的振動、準周期的振動、カオス運動…と、複雑さは増します)、区別は明確ではないです。またこの場合は、単純モデルが一般的、複雑モデルが特殊なのですが、単純モデルがあまりにも非現実的だった場合というのもあり(空気や水の抵抗を、圧力だけで説明するモデルを立てたら、抵抗はゼロという計算結果になってしまったとか)、大学の物理学科だったら初年級で習うはずです。まさか大槻教授が単純モデルが常に一般的な例で、複雑モデルが常に特殊なケースと見なしているわけではないでしょう。いろんなモデルがある中で、どんな問題に対しても、はっきり単純モデル(あるいは複雑モデル)だと分かるものだけを意図的かつ恒常的に選択しいくというのは学問上は難しいと思います。学問上はともかくメディア上ならそういう恒常的な歪曲も有りなのかな?とも思ったのですが、ブログ上の大槻教授に関してはそういうわけでもなさそうです。

昔、物理学というのは数学的技巧ばかりだと思われがちだが、個人的思想とか物理学的センスとかが入り込む余地はあって、どこに入り込むかを明示しながら解説されている物理学の本を持っていました。例えば電磁気学において、電気を帯びた物体同士(あるいは磁石同士)に働く力を伝える何かは存在するのか?という問題で、存在しないとする遠隔作用説(重力でいうニュートンの万有引力論もこの立場で、ニュートン力学真っ盛りの頃だったので、そういうものに違いないと考えたらしいです)と、存在すると見なす近接作用説(こちらは弾性体力学や流体力学など連続体力学の考えに由来したもので、後に登場する一般相対性理論による重力の説明もこっち)という対立があって、遠隔作用説の方は電場と磁場の相互作用(光や電波などの電磁波)を説明できなかったが、近接作用の方はできたとか、更にその力を伝える何かはどんなものかという問題で、物質的なものがあるとするエーテル説(やはり連続体力学から類推)と、物質は無いが空間に力を伝える物理的性質はあるとする電磁場説(空間に性質は何も無く、物質のみに性質を求めるというのは偏見ではないか?)との対立で、エーテル説は電磁波の速さの不変性は説明できなかったが、電磁場説はできたとか、数式のほとんど無いブルーバックスにも載っているような話題もあれば、ある原理となる方程式を、微分で表した場合と積分で表した場合とでは、裏に潜む考え方の違いは…とか、原理となる方程式を確立する前にはそういう思想やセンスが入り込むものだと。おっしゃるような演繹的な流れの中で、意図的に細かい要素を過小評価あるいは過大評価して、どんな問題に対しても特定のモデルを選択し続けるような恣意性も含めてしまえば、そういう主観の入り込む余地は更に広がるでしょう。ただそういう恣意性の問題だと、ブログ上の大槻教授よりも、番組監修としての前野教授の方がかなり怪しい(^^;と思います。しかしそういう恣意性は哲学者の言う〜主義とは違うんじゃないかなというのが、村上氏の著述を読んだ上での感想です。

ただ、心理学とか社会科学のように個差のすごく大きいような対象を扱う学問の場合は、そういう単純モデルが先のような方法でもいいのか?単純モデルか複雑モデルかで、そういう思想やセンスが入り込まないのか…?となると、どういう手法でやっているのかまだ不勉強なので判断しかねますね。
Posted by ちくし at 2008年08月31日 01:08
ちくしさん、

かなり前のコメントから繰り返し書いているつもりなのですが、具体的な詳細を知らない話題について、だれがどんなニュアンスで発言したとかしないといった具体的詳細を議論するのは、不毛だと思います。

還元主義かどうかの議論では、ちくしさんの議論はやはり還元主義の視点からの議論になっています。
私の立場は、「日常生活のなかで『水が凍る』という現象は、『最初から』現象から入って複雑系で考えたほうがいいかもしれない」というものです(仮に数式が立てられなくても、です)。

それは、交通渋滞や景気の動向について、まず「単純モデル」を考えてそこから導かれた結果を「理想状態ではこうなる(だから一般的にこうなると理解してね、そうじゃない意見は異端だよ)、複雑モデルもありうるけど数式が立たないからとりあえず『そんな前提も立てられるよ』と発言しつつ実際には無視しよう」という主張を聞いたときに感じる違和感に似ています。
上記の発言をした人がいたとして、その人を「還元主義でない科学者」と呼ぶことは私はできないと思います。

最後の心理学云々は、おっしゃっている趣旨がよく分かりませんでした。すみません。
Posted by そらパパ at 2008年08月31日 09:54
自己レスですが、この「お湯のほうが水より早く凍る」話題の、ネタ元と思われる本が最近でました。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4270004088?ie=UTF8&tag=danchanseikou-22
わたしのハムスターを化石で残すには? アマチュア・サイエンティストに贈る驚くべき実験の数々

ネタ元、というのは、この本が「ニュー・サイエンティスト」のコラムを書籍化したもので、この「お湯が水よりも・・・」の論文が最初に載ったのが、この「ニュー・サイエンティスト」だということなのだそうです。

あの有名な「コーラメントス」の話題も載っているようですね。
http://www.youtube.com/watch?v=M7GevB54n9E
Posted by そらパパ at 2008年11月11日 23:22


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