視覚世界の謎に迫る―脳と視覚の実験心理学
著:山口 真美
講談社ブルーバックス
最近読んだ本のレビューをもう1つ。
こちらは、赤ちゃんを使った視覚の発達を研究している著者が、視覚研究の最前線を分かりやすく解説した本です。赤ちゃんの視覚は大人の視覚とどう違うのか、その赤ちゃんの視覚は発達の過程でどのように変化していき、いつ大人のそれと同じものになるのか、そういった問題を実験により明らかにしながら、視覚の発達、さらには大人の視覚の背後に働いている複雑なメカニズムの解明を目指します。
この本がどう自閉症児の療育に関係するのか?
この研究のカテゴリーは、「認知発達心理学」です。つまり、認知、その中でも特に重要な視覚に基づく認知能力について、赤ちゃんから大人になる過程でどのように発達するのかを専門に扱う学問です。
ですので、視点を変えれば、発達に障害のある、つまり認知の発達もどこかの段階で止まっている可能性のある幼児にとって、この世界の何が見えていて、何が見えていない可能性があるか(ひいては、どんな認知課題をどんな順序でやらせればいいのか)を考える手がかりが、この学問にはあるのではないか、と考えているのです。
ただ、療育に直接役立つ、というよりは、どちらかというと知的好奇心で読むべき本だとは思います。
普段、普通に「見えている」私たちには想像しにくいことですが、人間の視覚は、これ以上ないほど複雑な情報処理の結果として成り立っているものであり、そのすべての機能を実現することは、最新のコンピュータを使っても恐らくできないほど高度なものです。この「情報処理」のうち、特に高度で複雑なもののいくつかは、現実に自閉症児ではうまく機能していない可能性があると思われます。
本書で取り上げられている「顔の認知」などはその最たるもので、普通の赤ちゃんでは生まれてすぐの段階から目・鼻・口という一群をひとまとめに「顔」として統合的に認知できるという実験結果が示されていますが、自閉症の方の自伝などでは、しばしば、顔を顔として認識できず、目や口がばらばらに見えるといった記述が出てきます。(以前紹介したこの本でも出てきますね。)
赤ちゃんは、顔を顔として認知できるからこそ、人の顔を好み、注目し、表情を読み取り、接近しようとすると考えられますから、その根本的な認知に障害があるとすれば、そういった行動が起こりくく、逆にキラキラしたものやクルクル回るものに心を奪われてもおかしくないですよね。
この、「顔の認知」は、もう少し単純なものにさかのぼっていくとすれば、形の認知(三角形はどんな大きさ・角度でも三角形、という認知)や輪郭の認知にも行き着きますから、顔の認知に問題がある場合、さらにさかのぼってこれらの認知に問題がないかどうか(ある場合はさらにさかのぼることも場合によっては必要)をチェックし、療育プログラムを考える必要があるでしょう。
子どもの認知力に力点をおいた療育を考える場合、このような視覚の発達に関する知識は、意外と重要だという気がします。
療育に取り組む親が頭の片隅にとどめておく知識として読むのはもちろん、「認知心理学入門」としても、類書にない抜群の分かりやすさと面白さを兼ね備えていると思います。おすすめです。
※その他のブックレビューはこちら。