2005年12月02日

自閉症裁判(ブックレビュー)

このブログの右にある本の広告は、Amazonの「ライブリンク」という機能を使って、自閉症に関係のある本を常に更新して表示しているのですが、先日たまたまその中で興味を引くタイトルの本があったので読んでみました。(いま見てもインパクトのあるタイトルですね・・・)



自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の「罪と罰」
著:佐藤 幹夫
洋泉社

2001年に浅草で発生した、「レッサーパンダ帽の男」による通り魔殺人を覚えているでしょうか?
この本は、その事件の犯人とその家族、裁判の過程を追ったルポルタージュです。
ほとんど報道されていなかったので私も知りませんでしたが、犯行の男は軽度の知的障害を伴う自閉症でした。男は、裁判中も顔を上げて話すことができず、話す内容も的を得ず、少しでも難しい質問をされると混乱して黙り込んでしまいます。その一方で、例のレッサーパンダの帽子を「犬の帽子」と呼ぶことに徹底的にこだわり、絶対に訂正しようとしないなど、単なる知的障害でない、自閉症特有の言動が明らかに読み取れます。

さらに、この事件には驚くべきもう一つの事実がありました。
男には、父親と弟、妹がいました。母親に先立たれた後、弟は家を離れ、妹は若くして末期がんに冒されていたのです。それでも、生活能力のない父親と「男」を最後まで養っていたのは、病に冒された妹でした。通常であれば「寝たきり」でもまったくおかしくない状況で、ボロボロになった体を引きずって仕事を続け、その稼ぎやがんの高度先進医療の還付金は父親と男に勝手に使われてしまうという、想像を絶する悲惨な家庭環境が明らかになります。

この本は、本事件におけるさまざまな問題をきれいに浮き彫りにしています。端的に言えば、

※注:この後、かなり踏み込んだ内容になっているので、「ネタバレ」を嫌う方は読むのをご遠慮ください。

・主に弁論のみで審議の進む裁判において、コミュニケーションに困難のある自閉症者の「著しい不利」をどうすればいいのか。
・同様に、取り調べの段階で容易に誘導的な尋問に影響され、都合のいい「自白」を取られてしまうことをどうすればいいのか。
・単純に責任能力の有無だけが問題になりがちな刑事裁判において、自閉症のような複雑な障害をどう考慮すればいいのか。
・障害により社会で孤立していた「男」にも、末期がんの妹にも、福祉の手が差し伸べられていない事実をどう考えればいいのか。
・ことばとしては、表面的で他人ごとのような謝罪しかできない「男」の、内面での反省・謝罪の念はどのようなものなのか。
・そもそも、「男」は自分が犯した罪や、自分が置かれている状況を理解できているのか。

肝心の犯行の詳細や動機については、およそ真実とは思えない検察側の「ストーリー」が判決で採用されてしまう一方で、「男」はまともに核心を語ることができません。(犯行の瞬間の記憶がない可能性も高い)
著者が断定的表現や推理の飛躍にとても慎重な姿勢であるため、この部分については結局ほとんど何も結論が出ていませんが、私が読みとった理解では、犯行の「真相」はこんなものだったのではないでしょうか。

・男は、それまでの経験の中で、「脅しによる弱者への接近」という望ましくない行動を学習していた。
・そのため「女性と親しくなりたい(必ずしも性的なものでない)」という欲求を感じた時に包丁を購入してしまった。この時点では、包丁は脅しに使う意図はありこそすれ、殺意はなかったと推測される。
・女性を物色していたところ、偶然通りかかった被害者に近づいた。
・被害者は逃げたが、交差点の赤信号でつかまり、男に追いつかれてしまった。
・被害者は、男に引っ張られて路地裏に連れ込まれた。恐らく被害者は、身長180cmもある異様な大男に襲われた恐怖に身がすくみ、同時に事を荒立てずにチャンスを見て逃げ出そうとしていたのではないかと思われる。
・男は、被害者が黙って路地裏に付いてきたことで安心し、親しくなれたと感じた。
・ところが、次のタイミングで、被害者がはっきりと拒絶するか、逃げようとした。
・突然の状況の変化に男は対応できず、ある種のパニック状態となった。錯乱状態のまま、脅しのために持っていた包丁で被害者を刺し、死に至らしめた。

著者は、養護学校の元先生です。ですので、背景知識が何もないライターと比べると、福祉行政の問題に切り込む部分には迫力を感じますし、障害のためことばによるコミュニケーションが困難な容疑者が、ことばの応酬によって刑事裁判で裁かれることのとんでもない「違和感」をありありと感じさせる部分は読み応えがあります。
その一方で、養護学校の先生で本まで書いている人でも自閉症の理解はこの程度?と感じる部分がないわけではありませんし、あらゆる問題について著者としての結論を出さない、慎重すぎる姿勢にも歯がゆさを感じます。ただそれが、こういった犯罪ルポにありがちな価値観の押しつけから、この本を自由にしているため、評価できる部分でもあります。

この本を読んだ後、すべての問題に対する判断は、良くも悪くも、読者に委ねられます。
単なる1犯罪ルポにとどまらない力作です。

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posted by そらパパ at 19:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | 更新情報をチェックする
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