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2016年09月26日 [ Mon ]

自閉症の子どもと暮らす家づくり(84)

18)防犯カメラのレイアウト

新しい家を建てるにあたって、防犯のこともいろいろ考えました。
防犯ガラスを使うなど、仕様面での配慮については別に書くとして、間取りという観点から考えたことは、

・防犯カメラの設置ポイントの決定

でした。

引っ越す前の建売住宅でも、我が家では自分でカメラと録画機を設置して、玄関前やマイカーを常時モニター・録画するシステムを手製で構築していました。
これは、ベランダの角から家の玄関・駐車スペースを見下ろすようにカメラを設置し、そのケーブルをベランダの屋根伝いにひきまわして2階の私の部屋に引き入れ、そこに録画機を設置して録画・監視すると同時に、インターネット越しにも見られるようにして、外から家の周囲を見守ることもできる、といったシステムでした。
実際、この防犯カメラにはうちの門塀やマイカーを壊して黙って逃げていくシーンや、粗大ゴミを不法投棄していくシーンなどが何度も記録され、問題解決に大いに役立ちました。

そこで今回、家を建てるにあたっては、家の四方をすべて監視できるよう、カメラを設置することにしました。
そのためには、外壁などに固定するカメラマウント(カメラ用アームなど)、そこから内部へのケーブルの引き込みボックス、さらに室内に電源コンセントと映像用のターミナルなどが必要になります。

そして、間取りを考える場合に考えなければならなかったことは、

a.カメラ設置ポイントが建物の周囲を監視できる場所になっていること。
b.設置ポイントのすぐ横に窓を設置できて、その窓からカメラの取り付け・取り外し・調整が安全にできること。
c.設置ポイントにアクセスする部屋が、子ども部屋ではないこと。


まず、a.は当然ですね。カメラを設置して、ちゃんと見たいところが見えなければ意味がありません。
そしてb.ですが、カメラは2階の高さ以上に設置しますので、室内から窓ごしにカメラの付け外し・向きの調整をやる必要があります(外から長いはしごを使うというのは危険すぎます)。カメラは数年で、雨ざらしのケーブルは10年くらいでダメになるので、メンテ性がいいことは不可欠です。
そして最後にc.ですが、カメラを微調整する「室内」は、私が自由に出入りできる部屋である必要があります。子ども部屋は、将来そうではなくなる可能性があるので、避ける必要がありました。

以上をふまえて、カメラの設置場所候補は、2階のベランダ、納戸、トイレ、そしてグルニエのそれぞれ窓の脇に決定しました。
「候補」なので、とりあえずカメラが設置できてケーブルを取りこめる設備は作りますが、実際にカメラを設置、作動させるかどうかは、家ができてカメラを試しにつけてみて決めることにします。

posted by そらパパ at 20:36 はてなブックマーク | コメント(0) | トラックバック(0) | 療育一般

2016年09月19日 [ Mon ]

自閉症の子どもと暮らす家づくり(83)

17)子ども部屋のレイアウト(3)

子ども部屋の設計にあたり考えたこと3つ、

1)プライバシーは適度に守られるが、完全な密室にはできないこと。
2)わざわざ快適性を損ねることはしないが、快適性に関する要素を他の部屋に優先的に割り当てることで、相対的に快適性を下げる。
3)子どもが小さいころと成長したあとで使い方が変えられるように工夫する。


のうち、1)と2)については前回触れました。
最後に3)ですが、これについては子どもの療育と少し関係があります

家のプランニングをしている時点で、上の子(障害あり)は夜寝るときに親と同じ部屋・別のベッドで寝る形、下の子はまだ小さく、必ず親が一緒に寝なければならない状態でした。(ちなみにその時点では、上の子と私が同じ部屋に、下の子と妻が別の部屋に一緒に寝ていました。)

そして、この「関係性」はもちろん子どもが成長するにつれて変わっていきます。
下の子は夜泣きしなくなり一人で寝られるようになっていくでしょうし、さらに成長すれば個室(子ども部屋)を用意する必要も出てくるでしょう。
一方で上の子は、形は変えつつも、寝るときを含めて親のサポートが一定必要であり続けると想定されます。

2階の居室は、それらのニーズをうまくすくいとれるように設計する必要がありました。

そこで採用したのが、引き戸によって仕切られた和室と子ども部屋、という間取りです。
つまり、建物の東側半分を、南から北まで基本的にひと続きの長屋みたいな大きな空間にして、南側を親の寝室(和室)、北側を子ども部屋にして、間を2枚引きの引き戸+引き戸と同じ幅の間仕切り壁で仕切る、という間取りにしたのです。

これにより、引き戸を開ければ大きな1つの部屋に、閉めれば2つの個室に変わるようになり、非常にフレキシブルに部屋の使いみちを変えていけるようになりました。

具体的には、下の子が小さいうちは子ども部屋側に上の子、和室側に下の子と親が寝て、間仕切りを開けておく(下の子に夜泣きなどがあった場合には閉める)、下の子が大きくなってきて一人で寝るようになったら、子ども部屋側に下の子を寝かせて上の子には和室で寝てもらうようにして、最初のうちは怖がらないように間仕切りを開けておく、やがてプライバシーが必要になったら、間仕切りは閉めて子ども部屋を個室にする、といった具合です。

実際には、新居に引っ越しして少し練習させたら、上の子は子ども部屋側で一人で寝られるようになったので、間仕切りは閉めた状態で寝かせています(エアコンを通すときに少しだけ開ける感じ)。
間仕切りは、昼間の時間に部屋の風通しを良くするために開けているような状態ですが、下の子がもう少し成長して、でもまだ小さい時期のための「オープンな子ども部屋」としてはうまくワークしそうだと感じています。

posted by そらパパ at 20:13 はてなブックマーク | コメント(0) | トラックバック(0) | 療育一般

2016年09月12日 [ Mon ]

自閉症の子どもと暮らす家づくり(82)

17)子ども部屋のレイアウト(2)

今回、子ども部屋をプランニングするにあたって考えたのは、次のようなことです。

1)プライバシーは適度に守られるが、完全な密室にはできないこと。
2)わざわざ快適性を損ねることはしないが、快適性に関する要素を他の部屋に優先的に割り当てることで、相対的に快適性を下げる。
3)子どもが小さいころと成長したあとで使い方が変えられるように工夫する。


まず1)についてですが、「プライバシーが適度に守られる」というのは、

・個室状態が作れること。

そもそもドアがない、とか、仕切りがただのカーテン、とか、カーテンのない透明な室内窓がついている、みたいに、プライバシーを作らないような部屋・空間にはせず、ちゃんとドアを閉めて個室状態を作る、ということができるように設計します。

・その状態から、第三者が部屋に入ってくる場合、「部屋に入ってくる」という目的しかありえないこと

その部屋が他の部屋に行くための動線になっていたりしないこと。これにより、誰かが部屋のドアを開ける場合は、必ず「その部屋に入る」ことそれ自体が目的であるようにします。

といったことを指します。

一方、「完全な密室にはしない」ということについては、端的にはドアに鍵をつけない、ということを指しています。

さらに、子ども部屋を完全に孤立した部屋にするのではなく、隣の部屋(妻の使う和室)と引き戸でつながるようにして、隣の部屋とも緩やかにつながっている状態にすることにしました。
これは、上記3)の目的にもつながるところなのですが、1)の目的にも適っているわけです。

続いて、2)の「相対的に快適性を下げる」という点ですが、2階に配置する居室のなかで、以下のような点で子ども部屋の「優先順位」を最下位にしました。

・方角:北向きのスペースを子ども部屋に割り当てました。

・広さ:居室として最低限の四畳半としました。さらに隣の部屋との引き戸の収納スペースを子ども部屋側に作ったので、実際には4.2畳くらいの広さになりました。

これは、子ども部屋は勉強をして寝る、あとはプライバシーを確保したい時間にいることが主たる目的で、できれば一日中こもる部屋にしたくないということから考えたことです。(勉強机を置く方角としては、北向きは優れているとも言われます。)
ベッドと机と着替えを置く場所くらいで部屋がいっぱいになるイメージです。

posted by そらパパ at 20:28 はてなブックマーク | コメント(0) | トラックバック(0) | 療育一般

2016年09月05日 [ Mon ]

自分が受けた療育のことを調べたら、自分が両手利きな理由がわかった話。(3)

この話題、長くなったので分割して書いてきましたが、今回が最終回です。

小学校高学年のころに出た私の吃音の主たる原因が、当時私の祖母が私に対して熱心に行っていた「利き手の矯正」にありそうだ、ということが判明したため、それまでかなりべったりの「おばあちゃん子」だった私は、両親の強い働きかけにより、祖母から「分離」されました。
そして実際に、その環境修正によって私の吃音は劇的に軽快したわけです。

そんな中で、ここにはもう1つの切ない物語がありました。

この、私の吃音の問題というのは、それまで祖母が主導権を握り、実際にそれなりの成果を上げていた「私への(けっこうスパルタ的な)教育」についての、祖母の最初にして最大の挫折になりました。
そして、最後は「戦犯」みたいな雰囲気のなかで手元から孫を「奪われた」祖母は、それまでの溌剌とした雰囲気が嘘のようにあっという間に老け込んでいってしまいました。
私自身も中学生になって、反抗期というほどでもないですが親離れ的なメンタリティになっていったので祖母とも疎遠になり、祖母は一日中、かつて「祖母と私の部屋」だった離れの部屋で一人でテレビをずっと見ているようになりました。

その後、祖母は叔父の家に引き取られ、さらにそこから老人ホームに移りました。このあたりの細かい経緯は教えられていませんが、少なくとも叔父の家に引っ越すことについては、祖母自身の強い希望があったとは聞いています。
やがて大学生になって上京し、「なんちゃって反抗期メンタリティ」の抜けた私は、遠く老人ホームで暮らす祖母と年数回程度の手紙のやり取りをするようになりました。
私の手紙を祖母は大変喜んでいたようで、毎回、手紙の最初には私からの手紙が届いたことへの喜びが、最後にはまた手紙を書いてほしいということが書かれていました。
でも、そんな祖母からの手紙があるときから急に乱れて何が書いてあるか分からなくなり、こちらからの手紙にも返事が来なくなってしばらくしてから、祖母の死を知りました。
葬式が終わってから知らされたので、最後のお別れができなかったことが今でも心残りです。
私自身は祖母に対する悪い記憶はまったく残っておらず、私の好奇心を邪魔せずに、逆にいろいろなことを教えてくれた先生のような存在だったと思っています。私の「学ぶ」ということへの基礎を作ってくれたのは間違いなく祖母でしょう

ともあれ、こうして、私はいま吃音で困るということはなくなり、代わりに、箸は右でスプーンとフォークは左、鉛筆は右でチョークは左、マジックペンは左でも右でも書けるという中途半端な両手利きが残りました
私自身、利き手の矯正を受けたはずなのに中途半端に直っていないのはなぜだろう、ということを覚えていなかったのですが、そういう事情があったことを初めて知りました。

また、教育熱心でそれなりに「成果」もあげていて、教わる子どもの側もそれを楽しんでいるように見えて、さらに本人さえ楽しいと思っていたとしても、それでもその「熱心な教育」が実は子どもを精神的に追い込んでいたりすることがありうるんだ、ということを身をもって経験したことが、私の教育観、さらには療育観に影響を与えているということもあるかもしれませんね。
(了)

posted by そらパパ at 20:20 はてなブックマーク | コメント(0) | トラックバック(0) | 療育一般

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